内部監査の往査(監査対象部署や拠点に出向いて行う現場調査)とヒアリングは、書類だけでは分からない業務の実態やリスクを把握するための重要な手続です。一方で、「質問が場当たり的になり、聞き漏れが出る」「被監査部署に身構えられて本音が聞けない」「ヒアリング記録が担当者ごとにばらばらで、調書にしづらい」といった悩みを抱える内部監査部門も少なくありません。本記事では、内部監査の担当者や監査部門の責任者に向けて、往査・ヒアリングを事前準備から事後対応まで一連の流れで整理し、質問リストの作り方と業務プロセス別の質問例、準備チェックリストを紹介します。
往査・ヒアリングの目的と位置づけ
往査やヒアリングは、監査手続の中で次のような役割を担います。
- 業務プロセスの実際の流れを把握し、規程やマニュアルとの差異を確認する
- 書類やデータからは見えないリスク(属人化、例外処理、現場の負荷など)を把握する
- 内部統制の整備状況(統制が設計どおりに存在するか)を確認する
- 運用状況の評価で使うサンプルや証跡の所在を確認する
- 被監査部署の課題認識や改善意欲を把握し、実効性のある改善提案につなげる
ここで押さえておきたいのは、ヒアリングは「質問への回答」を得る手続であり、それだけでは監査証拠として十分でない場合が多いという点です。回答内容は、関連する文書の閲覧、現物や画面の確認、記録の再実施などと組み合わせて裏付けることが基本になります。ヒアリングで得た情報を「仮説」として扱い、他の手続で検証するという意識を持つと、監査の質が安定します。
また、往査は被監査部署との数少ない対面の接点でもあります。進め方次第で、内部監査に対する信頼が高まることもあれば、「粗探しをする部署」という印象を強めてしまうこともあります。手続としての正確さに加えて、コミュニケーションの設計も重要です。
なお、往査とヒアリングは必ずしも同じ意味ではありません。往査は現地に出向いて行う調査全体を指し、その中でヒアリング、文書の閲覧、現物確認、観察などの手続を組み合わせて実施します。ヒアリングは往査の中核的な手続ですが、オンライン会議や書面での質問として往査とは別に行うこともあります。本記事では、両者を一体のものとして扱い、実務の流れに沿って解説します。
往査前の事前準備
往査の成否の大半は、事前準備で決まるといっても過言ではありません。準備が不十分なまま現場に出向くと、基本的な質問に時間を取られ、本来確認すべきリスクに十分な時間を割けなくなります。
事前資料の収集と分析
往査の数週間前には、被監査部署に事前資料の提出を依頼します。一般的には次のような資料が対象になります。
- 組織図、職務分掌、権限規程
- 業務フロー図、業務マニュアル、関連規程
- 前回監査の報告書と指摘事項の改善状況
- 主要な帳票や管理表、システムから出力できる一覧データ
- 部署の目標や重点施策、直近の体制変更の情報
資料を受け取ったら、単に目を通すのではなく、リスクの仮説を立てることが大切です。たとえば「承認者が一人に集中している」「例外処理の件数が多い」「規程の改訂日が古い」といった気付きを整理し、往査で重点的に確認する論点に落とし込みます。データを入手できる場合は、事前に集計や異常値の抽出を行っておくと、往査当日の質問がより具体的になります。データ分析の活用については「CAATによる全件テストの進め方」も参考にしてください。
監査プログラムと質問リストの作成
リスクの仮説をもとに、監査プログラム(実施する手続の一覧)と質問リストを作成します。質問リストは、監査プログラムの各手続と対応づけておくと、ヒアリング結果をそのまま調書に反映しやすくなります。質問リストの具体的な作り方は後述します。
日程調整と被監査部署への通知
往査の日程は、被監査部署の繁忙期を避けて調整します。通知では、監査の目的、範囲、日程、ヒアリング対象者、事前に準備してほしい資料などを明記します。特に「誰に何を聞くのか」を事前に伝えておくと、当日に担当者が不在で確認が進まないといった事態を防げます。
事前資料依頼の文例
依頼文は、目的と提出期限、提出方法を明確にし、被監査部署が準備しやすい粒度で書くことがポイントです。次は文例のイメージです。
- 件名:〇〇部 業務監査の実施と事前資料ご提出のお願い
- 本文:年間監査計画に基づき、〇〇部の業務監査を下記日程で実施します。本監査は、購買業務に係る規程の運用状況を確認し、業務改善につなげることを目的としています。つきましては、別紙の資料を〇月〇日までに共有フォルダへご提出ください。既存の資料で差し支えなく、新たに作成いただく必要はありません。資料の所在が分からない場合や提出が難しい場合は、事前にご相談ください。
「新たに作成する必要はない」と明記しておくと、被監査部署が監査のために資料を作り込む手間や、実態と異なる資料が提出されるリスクを減らせます。依頼資料は一覧表にし、資料名・対象期間・提出期限・提出状況の欄を設けて進捗を管理すると、受領漏れを防げます。
質問リストの作り方
質問リストは、往査の品質と効率を左右する中心的なツールです。担当者の経験に依存せず、一定の水準でヒアリングを行うためにも、作り方のルールを部門内で共有しておくとよいでしょう。
質問の構成と順序
質問は、概要から詳細へ、事実確認から評価へという順序で並べるのが基本です。
- 業務の全体像(目的、担当者、処理件数、使用するシステム)
- 通常の処理の流れ(誰が、いつ、何を、どのように行うか)
- 統制活動(承認、照合、確認、アクセス制限など)
- 例外処理やイレギュラーな対応
- 過去の問題やヒヤリハット、現場の課題認識
冒頭で答えやすい質問から入ることで、回答者の緊張をほぐし、後半の踏み込んだ質問にも率直に答えてもらいやすくなります。
良い質問・避けたい質問
質問の聞き方によって、得られる情報の質は大きく変わります。代表的な例を整理すると次のとおりです。
| 観点 | 避けたい聞き方 | 望ましい聞き方 |
|---|---|---|
| 質問の形式 | 「承認はしていますよね?」(誘導的) | 「この申請はどのような流れで承認されますか?」(開かれた質問) |
| 具体性 | 「問題はありませんか?」 | 「先月、期限内に処理できなかった案件はありましたか?」 |
| 証跡の確認 | 「記録は残していますか?」 | 「承認した記録はどこに保存されていますか?実際に見せていただけますか?」 |
| 例外処理 | 「例外はないですよね?」 | 「通常の流れで処理できないのはどのようなケースですか?」 |
| 課題の把握 | 「困っていることは?」 | 「作業時間がかかっている工程や、ミスが起きやすい工程はどこですか?」 |
「はい・いいえ」で答えられる質問は確認には便利ですが、実態の把握には開かれた質問のほうが適しています。両者を意識的に使い分けることが大切です。
業務プロセス別の質問例
代表的な業務プロセスについて、質問例を挙げます。自社の業務に合わせて追加・修正してご活用ください。
- 購買・支払: 発注先の選定基準は何か/発注と検収を同じ人が行うことはあるか/請求書と発注書・検収記録はどのように照合しているか/支払予定表は誰が確認しているか
- 販売・債権管理: 新規取引先の与信審査はどのように行うか/値引きや返品の承認権限は誰にあるか/長期滞留債権はどのように把握し、誰に報告しているか
- 経費精算: 領収書の確認は誰がどの観点で行っているか/上限額を超える申請はどのように扱うか/差戻しや再申請の記録は残っているか
- 在庫管理: 棚卸はいつ、誰が、どのように実施しているか/帳簿と実数の差異はどのように調査・承認しているか
- システム利用: 退職者や異動者のアカウントはいつ、誰が停止しているか/特権的な権限を持つ利用者は誰か
- 人事・給与: 入社・退職・異動の情報は給与システムにいつ、誰が反映しているか/給与計算結果は誰がどの観点で確認しているか/勤怠の修正はどのような承認を経ているか
- 固定資産: 取得時の資産計上と費用処理の判断は誰が行うか/現物と台帳の照合はいつ実施しているか/遊休資産や除却予定の資産はどのように把握しているか
質問例は、あくまで出発点です。事前資料の分析で立てたリスクの仮説に合わせて、たとえば「発注と検収の担当者が同じ取引が一定数ある」ことに気付いたのであれば、「兼務になる理由」「兼務時の補完的な確認の有無」といった掘り下げの質問を追加します。

往査当日の進め方
オープニングミーティング
往査の初日には、被監査部署の責任者と主要な担当者を交えてオープニングミーティングを行います。監査の目的と範囲、スケジュール、ヒアリングの対象者、最終日の講評の予定などを改めて共有します。ここで「内部監査は業務改善を支援するためのもの」という姿勢を伝えておくと、その後のヒアリングが円滑に進みやすくなります。
ヒアリングの実施
ヒアリングは、原則として 2 名体制で行うのが望ましいとされます。1 名が質問に集中し、もう 1 名が記録を担当することで、聞き漏れや記録漏れを防げます。人員の都合で 1 名で実施する場合は、回答者の了承を得たうえで録音を活用する方法もあります。
ヒアリング中は、次の点を意識します。
- 回答を途中で遮らず、最後まで聞いてから確認の質問をする
- 専門用語や社内用語は、意味を確認して記録する
- 「いつも」「基本的に」といった表現が出たら、例外がないかを掘り下げる
- 回答に関連する書類や画面を、その場で見せてもらう
- 回答者の評価や批判につながる言い方は避け、事実の確認に徹する
現場確認とウォークスルー
ヒアリングで聞いた内容は、可能な限りその場で裏付けます。取引を 1 件選び、発生から記帳までの流れを書類やシステム画面で追いかける「ウォークスルー」は、業務の実態と統制の存在を確認する有効な手法です。倉庫や保管庫など物理的な管理状況を確認する場合は、実際に現場を見て回ることが欠かせません。
ヒアリングで起こりがちな場面への対応
ヒアリングでは、想定どおりに進まない場面もあります。たとえば、回答者が「それは別の担当者に聞いてほしい」と答えた場合は、その場で担当者名と連絡方法を確認し、追加のヒアリング日程を調整します。回答が規程どおりの模範解答に終始する場合は、直近の具体的な取引を 1 件取り上げて処理の流れを説明してもらうと、実態が見えやすくなります。また、回答者が防御的になっていると感じたら、指摘を探しているのではなく業務の流れを理解したいという目的を改めて伝え、質問の順序を答えやすいものに戻すことも有効です。
講評(クロージングミーティング)
往査の最終日には、確認した事項と暫定的な発見事項を被監査部署に伝えます。この段階で事実関係の認識をすり合わせておくことで、報告書のドラフトを提示した後の手戻りを減らせます。発見事項は「事実」「基準(あるべき姿)」「影響」を分けて説明すると、相手に伝わりやすくなります。
ヒアリング記録のまとめ方
ヒアリング記録は、監査調書の一部として後から第三者が読んでも内容を理解できるように作成します。往査終了後、できるだけ早く、遅くとも数日以内に清書するのが理想です。時間が経つほど記憶があいまいになり、記録の正確性が下がります。
記録には、少なくとも次の項目を含めます。
- 実施日時、場所、回答者(氏名・役職)、監査担当者
- 質問と回答の要旨(監査プログラムの手続番号と対応づける)
- 閲覧・確認した資料や画面の名称
- 回答内容の裏付けの有無と、追加で確認が必要な事項
- 監査担当者の所見(事実と意見を区別して記載)
記載例
記録の粒度をそろえるため、次のような表形式の記載例を部門内で共有しておくと便利です。
| 項目 | 記載例 |
|---|---|
| 手続番号 | P-03 検収と支払の照合 |
| 質問 | 請求書を受領してから支払予定表に登録するまでの流れを教えてください |
| 回答要旨 | 経理担当が請求書を受領し、発注書と検収記録の三点を照合したうえで支払予定表に登録している。金額差異があれば購買担当に確認している |
| 確認資料 | 〇月分の支払予定表、請求書 3 件と対応する発注書・検収記録(システム画面で閲覧) |
| 裏付け | 3 件とも照合済みの押印と日付を確認。差異対応の記録は保存されていない |
| 追加確認 | 金額差異があった場合の対応記録の有無を〇月〇日までに確認 |
| 所見 | 照合は実施されているが、差異対応の記録が残らないため、後から処理の妥当性を確認できない可能性がある(意見) |
「回答要旨」と「裏付け」を分けておくと、回答だけで結論を出していないかを後からレビューしやすくなります。
回答内容に重要な事項が含まれる場合は、記録を回答者に確認してもらうことも検討します。監査調書の作成方法やレビューについては「監査調書の書き方と品質を保つレビュー手順」で詳しく解説しています。
往査の準備チェックリスト
往査の準備状況を確認するためのチェックリストです。部門の標準手順として活用する場合は、自社の実情に合わせて項目を調整してください。
事前準備
- 監査の目的・範囲・重点リスクが監査計画書に明記されているか
- 前回監査の指摘事項と改善状況を確認したか
- 事前資料の依頼を十分な期間を空けて行い、受領・分析したか
- リスクの仮説を整理し、重点的に確認する論点を決めたか
- 監査プログラムと質問リストを作成し、上長のレビューを受けたか
被監査部署との調整
- 日程、ヒアリング対象者、準備資料を事前に通知したか
- 必要な会議室、システム閲覧環境、立入りの許可を確保したか
- オープニングミーティングと講評の日程を決めたか
当日・事後
- ヒアリングの記録担当を決めたか(録音する場合は了承を得たか)
- ウォークスルーの対象取引と確認する証跡を決めたか
- 講評で伝える暫定的な発見事項を整理したか
- ヒアリング記録を期限内に清書し、調書に反映したか
- 追加で依頼した資料の受領期限と担当者を管理しているか
往査を効率化するための工夫
往査には移動や日程調整の負担が伴うため、効率化の工夫も欠かせません。
まず、リモートでできる手続と現地でしかできない手続を切り分けることです。資料の閲覧や一部のヒアリングは、事前にオンラインで済ませられる場合があります。現地では、現物の確認や現場の観察、対面でなければ聞きにくい話題に時間を集中させると、限られた日数を有効に使えます。ただし、オンラインのみでは現場の雰囲気や物理的な管理状況がつかみにくいため、リスクの高い拠点ほど現地往査の意義は大きくなります。
次に、質問リストやヒアリング記録の様式を部門内で標準化することです。様式がそろっていれば、担当者が変わっても一定の品質を保ちやすく、複数拠点の結果を横並びで比較することもできます。
さらに、被監査部署が自ら業務を点検する統制自己評価(CSA)の結果を事前に入手できれば、往査で確認すべき論点を絞り込むことができます。どの拠点・業務にどれだけ往査の工数をかけるかは、年間の監査計画の段階でリスクに基づいて配分しておくことが重要です。
よくある質問
Q. ヒアリングを録音してもよいですか
回答者の了承を得たうえであれば、記録の正確性を高める手段として有効です。ただし、録音を意識して回答が慎重になりすぎることもあるため、録音の目的(記録の正確性の確保)と保存・廃棄の方法を事前に説明しましょう。録音データは監査調書の保存ルールに沿って管理します。
Q. 回答内容と書類の内容が食い違った場合はどうすればよいですか
その場で結論を出さず、食い違いの事実を記録したうえで、追加の資料やほかの担当者への確認で事実関係を整理します。規程と運用のどちらが実態に合っているのかを見極めることが大切で、運用のほうが合理的な場合は、規程の見直しを改善提案に含めることもあります。
Q. オンラインでのヒアリングで注意する点はありますか
画面共有で実際の帳票やシステム画面を見せてもらう時間を計画に含めておくことが重要です。口頭の回答だけで終わらないよう、確認したい画面や資料を事前に伝えておきましょう。また、発言の間合いがつかみにくいため、質問は一つずつ区切って投げかけ、回答の要旨をその場で復唱して認識をそろえると、聞き違いを防げます。
Q. 経験の浅い担当者にヒアリングを任せるには
最初は経験者のヒアリングに記録担当として同席し、質問の流れや掘り下げ方を体験してもらうのが効果的です。そのうえで、質問リストを用いて一部の論点を担当してもらい、終了後に記録を一緒に振り返ります。質問リストと記載例を標準化しておくことは、担当者の育成にも役立ちます。
まとめ
往査・ヒアリングの質は、事前準備でリスクの仮説を立て、それに対応した質問リストを用意できているかどうかで大きく変わります。事前資料の依頼は目的と期限を明確にし、既存資料の提出で足りることを伝えておくと、実態に即した資料を入手しやすくなります。当日は開かれた質問で実態を把握し、回答内容を書類や現場の確認で裏付けること、講評で事実認識をすり合わせることが大切です。ヒアリング記録は「回答要旨」と「裏付け」を分けて速やかに調書にまとめ、様式を標準化しておけば、担当者に依存しない安定した監査品質につながります。まずは本記事の質問例とチェックリストをもとに、自部門の往査手順を見直してみてください。




